最近読んだ本とか

更新をサボっていますが、まだ生きてます。

アフリカ・レポート―壊れる国、生きる人々 (岩波新書)

アフリカ・レポート―壊れる国、生きる人々 (岩波新書)

ジンバブエ南アフリカアンゴラ、ナイジェリアなどアフリカ各国の実情に触れたルポルタージュ。200ページと薄い本なので簡単に読める割に、読後に肩透かし感はなくむしろ知識欲をかき立てられた良作。最後にNPOの成功例を示した構成もうまい。
戦後SFマンガ史 (ちくま文庫)

戦後SFマンガ史 (ちくま文庫)

文庫化されているのをすっかり忘れていた。もうすぐ読む予定。冒頭だけちょろっと読んだら鳥越信氏の名前が出ていたよ。
華族―近代日本貴族の虚像と実像 (中公新書)

華族―近代日本貴族の虚像と実像 (中公新書)

ちょうど今読んでいる。一覧表などが多くてありがたい。図書館で借りたのだが、買うことにした。モーニングで1本だけ選べと言われたらこれを選ぶね。サカ馬鹿でなくとも楽しめるが、サカ馬鹿なら100万倍楽しめる傑作。来月また単行本出るのかよ。
なお積読本も順調に増えています。

2008年J2第35節・アビスパ福岡−徳島ヴォルティス

スコアほどには快勝ではなかった、なあ。

アビスパ福岡3−1徳島ヴォルティス
得点:丹羽(7分)マイク(43分)久藤(82分)大島(89分)
GK22吉田宗弘
DF14中村北斗
DF 2宮本亨
DF27丹羽大輝
DF 3山形辰徳
MF 7久藤清一(→中払大介86分)
MF10城後寿(→タレイ63分)
MF 6布部陽功
MF16久永辰徳
FW19大久保哲哉
FW20ハーフナー・マイク(→田中佑昌70分)
[ J's GOAL ]J-League DATA

8月に新加入した丹羽をCBに置き、辰徳とヒサの左サイドという布陣。タレイをボランチに据えて欲しいのだが、あくまでヌノさんを使うということは、篠田監督としては来季構想外か?中盤の守備が落ち着かないと、久藤が過労死しそう。
セットプレーから前半のうちに2点取り、膠着していた終盤にダメ押しの3点目を取るという展開は非常に良かった。ただし試合をまともに見ていたら、とても安心はできないだろう。「最後の失点が余計だった」のではない。「1失点で済んだ」から喜べるのである。毎度毎度のことだが、バイタルエリアがスカスカで、飛び込んでくる相手選手を捕まえ切れていない。突破を図るアタッカーに振り回されて対応が後手に回るので、守備の枚数は足りていても攻撃をシャットアウトできない。逆にその後方のスペースを使われて、シュートチャンスを多数許してしまっていた。吉田の多くのファインセーブがなければ、大差で負けていたかもしれない。守備の再構築は急務だが、経験に乏しい篠田監督だけに任せるのはさすがに無理だろう。フロントは経験に長けたコーチを招聘してほしいものだ。
攻撃面についても、マイクは1点は取ったものの運動量も足りなければ敏捷性にも欠けていた。ジャンボは頑張ってはいるのだが孤立するシーンが多く、ボールレシーブ時の姿勢が苦しいのでチャンスにつなげられずにいた。3得点全てに絡んだ久藤の活躍だけは瞠目に値するが、ヒサも年齢的にかつてのようなキレは戻らないだろうし、城後・鈴木など若手が気張ってくれないとわがクラブの将来は危ういな。
今節の観客はわずか8800人あまり。3連休の初日としてはいささか寂しい。我々はサポーターだから文句を言いながらもスタジアムに通うのだけれど、正直こういう内容の試合では、観客を繋ぎ止めるのは難しいのではないか。我々が常勝軍団でない以上、求められるのは「敗れてなお俯かず」を実践するような爽快なパフォーマンスのはず。目先の結果と同じくらいに、チームを貫く価値観、アイデンティティの部分にもこだわって欲しいんだよな。サポも根気よく支えていかないと。

残業と過労死の基準

昨日付けの朝日新聞に、マクドナルドの店長の過労死についての記事が掲載されていた。

日本マクドナルド横浜市内の店舗の女性店長(当時41)が昨年10月、勤務中にくも膜下出血で倒れ、死亡したのは過重労働が原因だとして、遺族らが5日、横浜南労働基準監督署に労災の申請をした。同社は「名ばかり店長」の長時間労働が指摘されてきたが、支援する労働組合・連合では「過労死が明らかになるのは初めて」という。

 連合などによると、女性店長は昨年10月16日夕、別の店舗で行われた新製品に関する講習中に突然、倒れた。救急車で病院に運ばれたが、3日後に亡くなった。亡くなる前の半年間の残業時間は、出勤に使っていた車の駐車記録などから推定すると、過労死ラインとされる1カ月80時間を超える月が3カ月あった。最長の7月には約120時間に及んでいたとみられる。

 女性は、昨年1月に店長に昇進。店長を含め正社員2人の体制で、月商1千万円を超える店の運営を任されていた。夏季は特に、近くである大規模イベントに向けたアルバイトの確保などに奔走していたという。

 だが、会社の勤務記録では、倒れた当日も「公休」と記録されるなど、ずさんな労働時間管理がされていた。女性の手帳には「上司から残業を35時間以内にするよう厳命」などと記されており、正確な残業時間を申請できない状況があったようだ。

 日本マクドナルドは「労災申請の事実を把握しておらず、コメントは差し控えたい」としている。
(asahi.com(朝日新聞社):マック店長が勤務中に死亡 遺族ら「過労死」と労災申請 - 社会)

そのはてブはてなブックマーク - asahi.com(朝日新聞社):マック店長が勤務中に死亡 遺族ら「過労死」と労災申請 - 社会

自分はブックマークコメントで「医学的根拠があって定められた基準」と書いたのだが、それについて厚生労働省のサイトで資料を見つけたので紹介しておく。
2004年4月28日に開催された、第一回「過重労働・メンタルヘルス対策の在り方に関する検討会(座長:和田攻)」の議事録(http://www.mhlw.go.jp/shingi/2004/04/txt/s0428-4.txt)からの抜粋。

○中嶋委員  今回の検討会議と直接関係するとは思いませんが、主任中央衛生専門官からお話のあった、平成13年の脳血管疾患及び虚血性心疾患等の認定基準の改定で、労働時間が月当たり45時間の法定労働時間内ならば、いわゆる過労死との関係は問題ないと。発症前1か月間の100時間を超える、発症前2か月ないし6か月間にわたって1か月当たり80時間を超えると、この労働時間が出てきたお蔭で、認定もしやすくなりましたし、医学的知見と融合してこういうことをなさったと思います。差し支えなければ、この労働時間数は、いつどういうメドで導かれたものかをお伺いしたいのです。

○和田座長  その件につきましては私が関係しましたのでご説明させていただきます。1つは、すべて医学的な文献に基づいたということです。長期間の労働に関していちばん問題になるのは、やはり労働時間による疲労の蓄積です。逆に言いますと、ただ労働時間だけでは把握できないような、基本には睡眠時間がいちばん関係するだろうということです。 いろいろな文献、疫学調査があり、6時間以上睡眠をとっている場合には、虚血性心疾患とか脳血管障害のリスクは、有意な増加は示しておりません。主な文献、きちんとした疫学調査が大体6つか7つあったのですが、それによると脳・心臓血管障害が増えるのは大体6時間未満の睡眠です。最近2つほど新しい論文が出ており、睡眠5時間未満の場合に、そういった血管障害が増加するという。それが共通した事項になるということで、結論とされており、それを採用したわけです。1日の普通の労働者の生活時間から割り出して、1日に睡眠時間が5時間ということは、結局、1日に5時間の時間外労働ができると計算されたわけです。それが基本になり、そして1日の時間外労働に対して、大体20を掛けると月の時間外労働時間が出てくるわけです。したがいまして、5×20=100が基本になったわけです。疫学調査では月100時間以上の時間外労働がリスクになるということです。睡眠時間5時間が100時間に相当します。それを下回ると、すなわち時間外労働が上回ると睡眠時間が低くなるわけですが、そうすると、心筋梗塞が増えることが医学的に証明されたと考えたわけです。80時間というのは、睡眠時間が6時間、そして残業が1日の4時間に相当するわけです。そうすると4時間×20=80時間という一応の線を出したわけです。実際は、文献的にはそれ以下の場合で、有意の増加を示したという報告は全くありませんでした。一般に、1日の睡眠時間が7〜8時間が普通であろう。7時間から8時間の睡眠が最も健康的であるとされているわけです。それは1日の時間外労働は2時間、 ないしは2.5時間に相当します。それに20を掛けると大体45時間になり、人間としていちばん健康的な生活が営まれる。その時間においては、過労死は全く発生していなかったということです。それで45、80、100という数字が出てきたわけです。

睡眠時間を根拠にして基準を設定した、ということで非常に明快だ。
ついでに少し私見を述べておく。ホワイトカラー・エグゼンプションについての記事を書いたときにも思ったのだが、一般に労働時間とか残業の問題をトピックにすると、主たる論点がサービス残業とか賃金の不払いの方に流れていく傾向があるように思う。もちろん賃金の問題は労働者にとって重要だし、厚生労働省の見解としても、使用者側による労働時間の管理は労基法の割増賃金支払い規定を根拠とするということだったと記憶している。それはいいのだが、賃金の問題だけを議論の俎上に載せていては、「カネさえ払えばいくら働かせてもいいじゃないか」という理屈になってしまうわけで、自分はそこを危惧している。むしろ、そこにこそ国家が介入する余地があると思っていて、つまり使用者側に労働者の労働時間を把握させることは、賃金支払いの適正化という問題だけではなく、労働者の健康確保や安全配慮義務に照らせば、当然に使用者が気にかけるべき問題のはずである。
長時間労働が恒常化した場合に心身の健康が損なわれることは医学的に明らかなのであるから、国民を守ることが国家の根本義務である以上、労働時間の管理は賃金支払いとともに安全衛生上からも必要である。残業代の割増率は何%にすべきかというような論点ばかりに注目していては、労働時間法制の歪みは放置されたままであろう。

図書館はあなたの家ではありません

現場を脇においたような意見が多くてゲンナリする。今に始まったことでもないが。

  • 生存がかかっているホームレスの対応ってライブラリアンにできるの?

できません。ライブラリアンは医療や福祉の専門家ではありません。行政の担当セクションに連絡通報した段階で、するべきことは尽きています。もちろん個人的に勉強して何がしかの知識を持っているスタッフがいる可能性はありますが、組織として期待するのは無理です。ましてや、カウンターパートは派遣などのいわゆる非正規雇用のスタッフが多く、手が回らないでしょう。
ありうる対応策としては、専門家が図書館に常駐もしくは高い頻度で巡回することでホームレスの保護に当たる、というあたりが限度でしょうか。図書館は、情報の案内は出来ても、人生の案内は出来ません。シェルターにもなれません。

  • 図書館の目的外利用って追い出されるの?

館内が非常に混雑していたとき、携帯ゲーム機で遊んでいた来館者が帰されていた場面を見たことはあります。一方で、「水際作戦をかいくぐって生活保護をゲットするべく勉強したい」という利用者が来た場合、それがホームレスと思しき利用者であっても、追い出されることはありません。あきらかに図書館を利用するべく来館した利用者ですからね。そういう人を手ぶらで帰したら、ライブラリアンの名折れです。残席に余裕が無ければ、昼寝しているサラリーマンあたりにお帰りいただいてでも、サービスに当たるでしょう。
目的外利用のユーザーが追い出されるのは、目的内利用のユーザーを妨げる場合の、更にその中でも一部かと思いますが、実際には目的外利用を厳しく見定めることは難しいです。

  • ホームレスって図書館が好きだから集まってるんだよね!誇らしいよね!

冗談言うな(泣)。博物館や美術館などの他の文化施設社会教育施設に比べ、入館に対価を取られず、座席数に余裕があり、新聞や雑誌など手軽な娯楽が豊富で、エアコンが効いており、要するにコストパフォーマンスが高いからですよ。図書館本来の機能を求めて訪れている人は少数です。
もちろん、「他所が排除しても我々は排除しない」という点に図書館の気概をみるという理解も可能ではありますが、図書館そのものが行政内部のヒエラルキーにおいて低い地位にある中、いつまでも「高楊枝」を気取ってはいられないでしょうね。
念のため言っておくと、非正規雇用のスタッフを首切りして特にホームレス対応の予算をひねり出す、という類のソリューションには賛成いたしません。

  • じゃあ図書館の手は真っ白なの?

いいえ、図書館には迷惑利用者を嫌悪する明確な理由があります。
第一に、資料および設備の汚損の問題です。前述のように図書館に割り当てられるリソースは削減される一方であり、それに伴って現場では、資料や設備の汚損には非常に神経質になっている面があります。ゆえにホームレスに限らず、資料を乱暴に扱う利用者には注意を促していますし、ひどく酔っ払って入館して来た人などは書架で嘔吐する前にトイレに連れて行かねばなりませんので、緊張が走ります。カーペットやソファって高いからね。カウンターに「栓抜きある?」と尋ねた利用者は、都市伝説ではありません。
第二に、業績評価の問題です。行政府全体の予算が減少する中、図書館もまた「効率的」な運営に躍起になっています。ユーザーからのマイナス評価に怯えています。運営に手落ちがあれば、館の予算は減らされ、もしくはスタッフの賃金が減らされたり人員定数が削られる遠因になります。あるいは館そのものの廃止も視野に入ってくるでしょう。入館者数や貸出冊数の多寡は、図書館を評価する指標として機能しています。不快を感じた利用者の利用頻度が落ちるのは現実です。現場には、クレームを即座に処理し、ユーザーのアメニティを追求する動機があります。自分の身を守るために。


伊達に「知のセーフティネット」なんて看板を掲げているわけじゃありませんで、あくまで情報ナビゲータとしての機能に限っても、図書館には貧困者を支援するポテンシャルがあると思っています。意欲も、力量も。しかし、図書館にそれだけのリソ−スを与えないのは、そして図書館の地位をその程度に低からしめているのは、何よりもまず市民の社会的合意としてそれを志向しているからでしょう。当ダイアリでは重ねて書いておりますが、世の物事を鳥瞰的に認識するには限度があり、図書館とて眼前の状況をサバイブするべく、部分最適を積み重ねて現状に至ったものであると理解しています。「近代市民社会において当事者でないものなどいない」ということであるのなら、社会的要請として図書館の地位を高めてください。図書館に課すべきタスクを規定してください。そして課されるタスクに見合ったリソースを提供してください。
図書館はあなたの家ではありません。しかし、図書館のあるじはあなたです。

敗北を抱きしめて

書評ではありませんのでご注意を。
アビスパのような地方の弱小クラブのサポーターなんかやってると、負けることが大したこととは思えなくなりますね。
もちろん試合に負けたら悔しくて悲しくて腹立たしいのですけれど、フットボールにおいて常勝軍団というのはあまりあり得ず、例えJ2で断トツの成績を収めても昇格したら強豪クラブにボコボコにされ、またJ1で強豪クラブになっても激しいリーグ戦線では必ず敗北を重ねる時期に見舞われます。勝利の栄光だけに浸ることはできません。優勝クラブですら次シーズンでは苦戦することがしばしばなのに、エレベータークラブにもなりきれないアビスパが「勝ち慣れる」ということはまずあり得ないでしょう。畢竟、殆どのクラブは敗北とうまく付き合っていくことが求められるわけです。
UCLなど大きな大会のノックアウトラウンドはともかくとしても、多くのクラブにとって重要なのはリーグ戦をしっかりと戦い抜くことであり、勝つにせよ負けるにせよ翌週には次の試合が待っています。「明日なき戦い」などありません。なればこそ、我々が考えるべきは、負けを引き摺らないこと、敗北を糧にするということ、失敗からポジティブな部分を引き出した後は前を向き続けるということ、なのでしょう。進化の速いフットボールにおいては、感傷に浸ることさえ時には贅沢です。転んだら打ちひしがれる前に立ち上がる。すみやかに頭を切り替え、修正ポイントを探し出す。敗北は決して非日常ではありません。
これは人生も似たようなものでしょうか。嫌でも明日はやってくる。病める時も健やかなる時も。我々は敗北しても粛々と生きていかねばなりません。人生に必要なものは幼稚園の砂場で学べるそうですが、フットボール・スタジアムにも人生は凝縮されています。

2008年J2第31節・アビスパ福岡−ロアッソ熊本

日にちがたっているので簡単に。

アビスパ福岡2−2ロアッソ熊本
得点:布部(8分)高橋(83,85分)佑昌(86分)
[ J's GOAL ]J-League DATA

前半はアビスパのゲーム。布部の見事なミドルシュートで得点した以外にも、決定機は何度も作っていたし、ボールもきちんと持てていた。にもかかわらず追加点を奪えなかったことが「敗因」でしょう。勝てる試合を落としたとはっきり言えますね。まあロアッソも同じことを思っているんでしょうが。
高橋の1点目はFKから。いやな位置だなと思ったら、実に見事なブレ球が神山の手をすり抜けていきましたね。2点目はナギの信じられないようなミスから高橋に抜け出され、落ち着いて決められてしまいました。ナギは素晴らしいオーバーラップでPA近傍まで攻め上がるシーンがあって、守備の拙さをつい甘く見てしまうのですが、これはいけません。映像も見たくないのでリンク張らない。
逆転直後、途中投入された佑昌が左足でまたもゴールを決めたので事なきを得ましたが、守備の低調ぶりはどうにかしないといけません。これで4試合連続2失点ですからね。昇格を狙うチームなら、たとえラン&ガンのスタイルであろうともJ2レベルならきちんと守れるものです。中盤をこなす人材は多いので、できればCBを補強してもらいたいところ。
ポジティブな面といえば、大山恭平がついにデビューしたことでしょうか。切れ込んで惜しいシュートを放つ場面もありましたし、佑昌とともにユース出身者同士で2トップを組んでいるのを見て、思わず目頭が熱くなってしまいました。わがアビスパも少しずつ歴史を積み重ねていますね。次節も使って欲しいなあ…と思っていたら、惇とともにSBSカップに招集されてしまいました。広島戦、出れねーよ。

スーパーライブラリアン?

図書館て「場」でしょ。さまざまな機能、さまざまなシステム、さまざまなワークフローが複合的に組み合わさって成立するしろものでしょ。その「場」に勤務する人材をライブラリアンと呼ぶのであってさ。
だったら、スーパーという形容詞をつけるべきは、人じゃなくて個々の技能なんじゃないの?スーパーなカタロギング、スーパーなレファレンス、資料修理、ILL、利用指導、施設管理、エトセトラ、エトセトラ。各分野においてそれぞれ抜きん出たスキルの持ち主がいて初めて、「スーパー○○」という呼称が成立しうるんだと思うんだけど。
一般的な企業で考えてもさ、営業、広報、企画、開発、経理、人事、法務、在庫管理、等々の各分野においてはスペシャリストが成り立ちうるだろうけど、「スーパー会社員」て言われたら、?マークでしょ。『企業戦士ヤマザキ』じゃあるまいし。単騎で何でもできるなら、チームワークの意味がないじゃない。
次代の「館界」がどんな地平を目指すべきかまでは俺にはわからないけれど、図書館内の各種セクションを順繰りに回って10年勤めたって、それで出来上がるのはあくまで「ベテラン」であって、「スペシャリスト」ではないよね。もちろん、多くのセクションを経験することによって全体の成り立ちを概観することは意味があるけれど、そのうえでライブラリアンの専門性をアピールしたいなら、まずは館内における各種セクションの専門性を認めることから始めるべきではないのかな。図書館の仕事って、もっと細かく切り分けられる。
はっきりいって、10年やそこらで「図書館業務、極めたり!」なんて言えるほどこの仕事はちっぽけじゃないし、それぐらいの自負もないのにスーパーだなんて、おこがましくて名乗れないだろ。ファイヤーとサンダーとセイントに申し訳ないわ。
参考:10年の「経験」が保障する司書の能力 - 図書館学の門をたたく**えるえす。