柳沢大臣の「健全」発言について

柳沢厚生労働大臣の「健全」発言が物議を醸している。例によって厚労省の会見録を下に引用。

(記者) 今回の一連のことで、少子化対策を担う大臣として不適任ではないかいうと声もあるんですけれども、改めて、少子化対策を取り組むに当たってのご決意をお願いできますでしょうか。
(大臣) もう少子化のみならず、我が省の所掌する仕事に対して、全力を挙げて取り組むということに尽きるわけでございます。
(記者) 少子化対策というのは、女性だけに求めるものなのかどうか、その辺りのお考えはいかがでしょうか。
(大臣) これはもう、元から私申し上げておりますように、要するに、若い人たちの雇用の形態というようなものが、例えば、婚姻の状況等に強い相関関係を持って、雇用が安定すれば婚姻の率も高まると、こういうような状況ですから、まず、そういうようなことにも着目して、私どもは若者に対して安定した雇用の場を与えていかなければいけないと、こういうことでありましょう。それからまた、女性、あるいは一緒の所帯に住む世帯の家計というようなものが、子どもを持つことによって厳しい条件になりますから、それらを軽減するという、いわゆる経済的な支援というようなものも必要だろうと、このように考えます。それからもう1つは、やはり家庭を営み、また子どもを育てるということには、人生の喜びというか、そういうようなものがあるんだというような、意識の面の、自己実現といった場合ももう少し広い範囲でみんなが若い人たちが捉えるように、ということが必要だろうというふうに思います。ただ、前から言っていることですが、そういうことを我々は政策として考えていかなければいけないのではないかと思うのですが、他方、ご当人の若い人たちというのは、結婚をしたい、それから、子どもを二人以上持ちたいという極めて健全な状況にいるわけですね。だから、本当に、そういう日本の若者の健全な、なんというか、希望というものに我々がフィットした政策を出していくということが非常に大事だというふうに思っているところです。具体的な事について、いろいろまた考えていかなければいけない。基本的枠組みとしては、そのようなことです。
厚生労働省:平成19年2月6日付閣議後記者会見概要

正直、何が問題なのかよく分からない。柳沢大臣厚生労働大臣の職責として少子化対策に関わっているのであり、政策担当者としてはカップルが希望する子供の数が増えることは望ましい状況であろう。彼が「健全」と述べたのは、「子供を2人以上持つ生き方」ではなく、「子供を2人以上持ちたいと若い世代が希望している状況」についてである。*1
カップルの数と希望する子供の数をならした時に、希望する人数がカップル1組あたり2人以上ということでなければ、それは少子化につながる。1.2人だろうと1.9人だろうと傾きが違うだけで人口減は避けられない。望まない妊娠出産は避けるべきなのであるから、持ちたいと希望する子供の数というのは重要な指標なのだ。その状況を鑑みて政策担当者が健全と評することの何が問題であろうか。繰り返して言うが、特定のライフスタイルや価値観を指して健全と述べたわけではない。子供を持ちたいと考える人間が増えている状況は、少子化対策上ありがたいことだし望ましい、ということであろう。*2
少子化は防がなくてはならない」とか「少子化対策を講じる必要がある」という立場に立つ限り、子供を持ちたいと考える人間が増えることは「良いこと」と考えざるを得ない。そのように考えることがおかしいとするならば、それは少子化でも構わないとみなしているに等しく、対少子化政策など不要という立場なのであろう。社会保障を初めとして国のさまざまなシステムを破綻させないためには、人口の変化はなるべく緩やかであった方がいいと僕は思うが、そのあたりは人それぞれである。急激な人口変化を是認する立場の人は、「対少子化政策は必要ない」と声を挙げれば良い。ただしそれは厚労相個人ではなく、政府に対して批判すべき事柄ではあるが。
少し苦言を述べるなら、柳沢大臣はさすがに大蔵官僚出身だけあって、マクロ的視点に立つ思考法が染み付いている。財務や経産ならそれでよいのだろうが、ミクロ的視点が多分に必要と思われる厚生労働大臣としては、適役ではなかったのかもしれない。

若い人たちの雇用の形態というようなものが、例えば、婚姻の状況等に強い相関関係を持って、雇用が安定すれば婚姻の率も高まると、こういうような状況ですから、まず、そういうようなことにも着目して、私どもは若者に対して安定した雇用の場を与えていかなければいけないと、こういうことでありましょう。

このあたりの認識など政策担当者として妥当な視点だと感じられるのだけど、批判者はそういうところには着目しないのだろうか。「健全」というフレーズに釣られるのは建設的でないと思う。
それにしても、厚生労働省としては対少子化政策を採るか採らないかは変数ではなく与件だろうに、少子化はよろしくないという認識そのものを批判されるのは心外だろうな。だったら「少子化でOK」の声をもっと挙げてくれと言いたいところだろう。行政府は究極的には国論に従うほかないのだし。
(追記)
根拠になったと思われる、「国立社会保障・人口問題研究所」の調査結果があったので貼っておきます。
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当該部分の報告文と関連の図表。

・未婚男女の希望子ども数は下げ止まり傾向
「いずれ結婚するつもり」の未婚者が希望する平均子ども数は1982年の調査開始以来減少する傾向にあったが、今回調査では男性2.07人(前回2.05人)、女性2.10人(2.03人)で、下げ止まりが見られた(表3-1)。希望子ども数の分布にも前回調査(2002年)からは大きな変化は見られない(図3-5)。また、希望子ども数は従来は男性の方が多い傾向にあったが、しだいに男女差が縮小し、今回は女性の数値が初めて男性を上回った。

*1:プライマリーバランスから財務の健全性をみるようなものだろうか。

*2:念のため書いておくと、特定のライフスタイルや価値観を健全と評したとしても、それはそれ以外の価値観を不健全と評したことにはならない。ただし、健全という言葉に反応して深読みしてしまうのはしょうがないとも思う。