その責め句は誰のために

http://blog.drecom.jp/soratobi/archive/1016
庇う方が失礼でしょ、柳沢の失態は。: 神戸っ子の“目指せ!道楽の達人”
上記の2つのエントリを呼んでちょっと考えていたのだが、結局まとまらなかったのでダラダラと雑感。
あの場面で得点できなかったのはヤナギの責任。ただしクロアチア戦で勝てなかったことは、ヤナギだけの責任ではない。数少ない決定機でミスしたヤナギが目立つから責められてるだけ。高原はろくに決定機もなかったように思う。高い位置でのパス回しに精度が低いところが多くあり、次第にボールを回させられている展開になった感じ。「急にボールが来たので」というコメントについては、ヤナギは加地がシュートすると思っており、キーパーが弾いたり取りこぼした場合に自分が押し込むという展開を脳裏に描いたものと解釈した。
自分としては、あくまでヤナギに対しては「あそこでシュート打てよ。」という叱咤にとどめておくべきであり、「日本が勝てなかったのはお前のせい。」などとスケープゴートにされるべきではないと思う。シュートを撃つことはシュートから逃げることよりも尊いはずだ。少なくとも日本のフットボールを取り巻く僕たちがそのように意識していかない限り、日本から優秀なストライカーは生まれないだろう。
僕がヤナギのチャンスメイカーとしての動きを高く評価するように、個々人の好むプレイスタイルは色々とあってよい。ファンタジスタでもレジスタでもプレイメーカーでもセンターハーフでもアンカーでもラテラルでもドリブラーでもフリーキック職人でも。だけど、ストライカーが欲しいならストライカーを褒めそやせよ。少なくともストライカーに求められるプレイを見せたアタッカーを評価しろよ。ストライカーを称えなければ、ストライカーを目指す新星は現れない。プレイヤーでもない僕らがすべきことは、ミスを責めることで将来のストライカーの芽を摘むことじゃなくて、ミスをしても「いいぞ!次は必ず成功する!さあチャレンジだ!」って前を向かせることじゃないのか。僕らの言葉の一つ一つが、将来のストライカーをはぐくむのだから。