無駄に便利ということもある

図書館が使えません。。。(開館時間の話) - かたつむりは電子図書館の夢をみるか(はてなブログ版)
論旨は明確だが、どうも引っかかるというか違和感を覚える。個人の生活時間帯の多様化に、施設運営はどこまで応えるべきだろうか?有人開館であれば当然ながら人員を持ってこねばならないし、無人にするにしても入退館システム導入のためのイニシャルコストもメンテナンスコストもそれなりにかかるのだが。セキュリティを考えるなら管理ログを取らないわけにはいかないし、無人貸出機や持ち出し防止システムも導入せねばならない。機械は導入すれば終わりじゃなくて、ある程度の年数を経たら入れ替えることになるだろうしね。
それから、

必要な資料が使えさえすればいいのなら、そもそも図書館の奥まで入ることをせず、玄関付近のブックポストの脇に自動書庫の取りだし口つけてOPAC用の端末置いとけば良いのか?

と仰っているが、夜間利用したい人の中には学習スペースとしての利用を希望する向きが強くあるので、資料が使えればいいってわけでもない。電子ジャーナル見たいとか、広い机が欲しいとか、今の季節ならエアコンの効く場所にいたいとかね。だから結局は、昼夜問わず同じ環境を維持することを求められるだろう。
とまあ、図書館単体としてコストが上がる要因はいろいろあるけれども、一般論として、サービス時間の拡大はそれを取り巻く系に負担をかけることも留意しなくちゃならない。それに関係することは以前のエントリでちょっと触れたけれども。
ゆとり教育よりゆとり労働 - The best is yet to be.
代表的なものとしては、治安の問題。大学を例にとると、真夜中に講義をやるわけじゃないんだから、夜間に大学の敷地に入る人間はおおむね図書館利用者が主になる。さて、大学が警察権の介入を嫌うことはポポロ事件以来の伝統ではあるけれども、そうなると図書館の夜間化によって夜間の大学内人口が増えた場合、それに対応するために大学側は警備員を増やしたりすることも必要かもしれない。あるいは、筑波は知らんけど古い大学は都市部にあったりするんで、周辺地域が夜間人口の増大を嫌うことは多い。自分の母校なんかも、夜間に学生がうるさいということで、大学と周辺の住民の間でいろいろとあったと聞いている。そういうことのためにも、大学がリソースを割かねばならないわけだ。
誤解してほしくないのだが、個々人の生活時間帯が多様化することについては、そりゃその人の勝手です。自分も明け方までゲームやってたりするしな。けれど、その多様化に対して社会の側がどれほど応えるべきかというのは、少なくとも公共性の高いセクションの立場からすると、一も二もなく飛びつくというわけにはいきませんよ。自分とこのサービス向上が、他のところで社会に負担をかけている可能性というのは、大いにあるわけで。それでもなお強行するならば、社会の負担以上の付加価値を生み出すという覚悟が求められるでしょう。おおや先生のこういう惨状を見聞すると、夜間化に金使うよりは、新しいジャーナル買ったりデータベース買ったり共用パソコンを入れ替えたりした方がなんぼかマシじゃないかとも思うのですが。新しい知を生み出すのは、図書館の専売特許ではないのでね。