あやまちを照らす灯を

現状認識としてはおおむね妥当と言えよう。

図書館の非正規の職員…特に派遣や請負のスタッフは長持ちしない。4年と続かない*1。
パート分の収入で良い、と割り切った主婦や、他に転職のあてがない人だけは結構続く。
長持ちした一部の人はスタッフのリーダーになるなどして若干高い給料を得られるが、一箇所で長持ちする人は少ない。業界を去っていく人も多い。このため、適当に応募してきた人間をとっかえひっかえして回していくのが図書館業界の流れである。そうではない図書館もまだ多いが、今後この傾向は加速するだろう。
しかし図書館業務のアウトソーシングはなくならない。行政にしろ学校にしろ図書館というのは真っ先に予算が削られ、切り詰められていく組織なのだ。経験の浅い人材で適当に業務を回しているだけでも表向きの数字*2は悪化しないから行政や議会で問題視されにくい。しかしこの寒い事情がずっと続くとどうなるか?そこまでは誰も分からない。
図書館業界のブログを見ていると、その辺のお寒い事情をよく分からずに*3高い理想を掲げて現状を批判しているところばかりで泣けてくる。人材とそのためのコストに対する配慮が少なすぎる。あなたが気にしているサービスを行う主体は、多くは極めて大雑把な仕様に従って業務を行っている民間企業やNPOなのだ。過去の仕事をなぞることはできても高度なサービスの構築や向上など望むべくもない。例え自治体や大学に図書館運営・サービスに対する不満や要望の声が伝わっても、結局は民間の末端のパート・アルバイトに負担が要求されるだけのことなのだ。そこまで理解している図書館関連のブログが一体いくつあることか*4。

*1:地域差がある。また図書館業務のどの業務を行っているかによってもスタッフが持続する年数は違う。
*2:資料数や貸出冊数のような単純な統計。詳細なサービス評価のことではない。
*3:そもそも委託の詳しい実態は隠されていることが多いから。「指定管理者制度公共図書館業務を行っている会社が実は更に別の会社に図書館業務の請負をやらせている」ことがあるという事情とか。
*4:図書館関係のブログで言及される外部委託や指定管理者制度の認識はすさまじく教科書的で実際の業者がどう動いているかの把握がされていない
図書館業界の腐りゆく状況 - 火薬と鋼

そもそも図書館業界は、図書館法17条による無料原則のために自身では収益を上げられないというジレンマを抱えている。公共図書館にせよ大学図書館にせよ、コミュニティ構成員の生活に資することを期待されて設置されているが、図書館それ自体がカネを生むわけではなく、構成員が不要不急と判断すればすみやかに予算の拠出を削減されることになる。
自らカネを稼げない組織ではコミュニティ内の立場も不安定で、したがって労働力はつねに流動性を確保せねばならず、必然的にパート・バイト・派遣など有期契約の労働力を頼ることになる。今後の予算の増大が見込めないのに、いわゆる正規雇用のスタッフを増員することなど出来るわけがない。ただし業務の外注化の傾向は図書館業界に限ったことではなく、固定費用の縮小を目的として余剰人員を削減する動きは、あらゆる産業で見られるものだ。
労働問題のカテゴリでとらえるならば、期間の定めのない雇用と定めのある雇用の間でどのように待遇をバランスさせるか、という社会全体の問題として議論を構築するべきだろう。いわゆる正規雇用においては、賃金が生活給および年功給としての性格を強くしていたことは広く知られているが、有期契約労働者に対してのみ職務給で賃金を払うというのでは、労働者の能力や成果以上に待遇に差が生まれるのは当たり前だ。年金や社会保険で若年層が被っている悲哀の一因である。
図書館の話に戻ると、そもそも図書館が単体でペイする産業でない以上、その設置根拠は究極的にはユーザーの声に従うしかない。自分は、図書館とは情報ターミナルでありライブラリアンとは情報ナビゲータであると思っている。しかし市井には図書館を無料貸本屋としてしか見ていない、あるいは無料貸本屋のままでよしとする視線は根強く残っていて、そこではライブラリアンの専門性は一顧だにされていない。もちろんそれがユーザー全体の意志ということであれば、世の変転にしたがって消えていった他の職種と同様、ライブラリアンも消え去るべきであろう。しかしながら一方で、ライブラリアンに対する情報ナビゲータとしての専門性を求める声もやはり叫ばれており、何らの職能も専門的知見も持たない人間がそれらの業務を担うことは不可能であるから、図書館側としては制度と予算の許す限りにおいて高スキルの人材を獲得・養成しようとする。有資格者がジプシーのように非正規雇用を渡り歩き、たまに正規雇用の募集がかかると応募者が殺到して3ケタ超の倍率を示すことも珍しくなくなった。
無料貸本屋と情報ナビゲータとの間でユーザーの求める職能が収斂されていない、という点は重要である。他の業界でもユーザーニーズが分散している状況は同様に見られるが、前述のように図書館業界は自ら収益を上げることはできない。サービス受益者から直接費用を回収できず、自治体なり大学なり、所属コミュニティの総意として配分された予算を受け取るのみである。当然ながら、図書館サービスを利用しない人間、図書館のことなど目もくれない人間の意思も、予算配分には反映される。ここにおいて、財源は縮小する一方でサービスは拡大・向上を迫られるという状況が、急ピッチで進むことになる。そのねじれ現象に少しでも対応しようとあがいていった結果が、有期契約労働者の重用という現在の姿に現れているのであろう。どこかに諸悪の根源がいるわけでもない。局所最適を積み重ねた先に今がある。
図書館は分配の正義に立脚した組織である。市場経済の根本は交換の正義であるから、市場経済の論理を相手にする限り図書館は永久に撤退戦を強いられる運命にある。しかしながら市場経済が我々の生活を豊かにしたことは確かであるし、そもそも自分は市場経済による自由と進歩を大いに享受している身であるから、世の諸制度を分配の正義に基づいて設計し直せなどとは口が裂けても言えない。その壮大な実験を試みて破綻した先例を我々は知っている。交換の正義に立脚した世界にあって、リソースのいくばくかを分配の正義のために供出すること。その程度が今の妥当な均衡点であろう。
ここにあって、bibliobloggerは高邁なだけの机上の空論ばかりを語ってきたのだろうか?自分はそうは思わない。我々が、敢えて我々と称するが、これまで語ってきたのは、眼前の状況に何が欠如しているのかということだ。足りないものをコミュニティにアピールしなければならない。必要としているものをステークホルダーに訴えかけなければならない。そこには当然に理想がある。胸のうちに理想の灯があるからこそ、瑕疵を照らしだすことができるのだ。今の状況を所与のものとし、現在の姿を追認するのでは、一歩たりとも前に進むことなど出来ない。ただ趨勢に流され、世情におもねるしかなくなってしまう。だから理想を忘れぬよう掲げ続けるのだ。流されるな、踏みとどまれ、と。

(過去記事)
ジョブとしてのシステムズライブラリアン - The best is yet to be.
非正規雇用雑感 - The best is yet to be.
メモ的に図書館の話 - The best is yet to be.