図書館の本を自分で戻してはダメ?

いちいち頷きたくなりますね。

ところで、日本の図書館では読み終わったあとに本を自分で書架にもどすことが推奨されているかのようなところがあるが、あれって一般的なんかね? 米国の図書館では、取った本は自分の手で棚に戻してはいけないとされていた。すくなくとも NYPL ではそうだった。本を書架に戻すのは図書館員の仕事なのだ。図書館の検索性を考えると、素人が間違った場所に戻してしまうことのほうがよくないことなのである。ときどき、新山の実家の近くの公立図書館には書架がえらく荒れている時期があって、そういうときは明らかに分類のちがう本が関係ない棚に置かれていたり、目録にあるはずの (しかも貸出もされてないはずの) 本が見つからなかったりする。こういうときは図書館員に聞いても「じきに蔵書整理をやりますので…」と言われてしまい、実にがっかりするのだが、これは一般人に本を返させるのが原因だと思う。まあ、人手が足りないのかもしれないが…。図書館を見ればその自治体の文化レベルがわかるとはよく言ったもんだ。
http://www.unixuser.org/~euske/offline/memo/cur/42.html#062312

おっしゃるとおり、貸し出して返却された資料のみならず、閲覧するために書架から出しただけの資料でも、本来はユーザーではなくスタッフが配架するべきです。素人が適当に戻したために本来あるべきポジションから離れてしまい、その資料を必要とする人が探せなくなったり、時にはそのまま資料が行方不明になってしまいますから。書架の脇に返却用のブックトラックを配置しておいて、ユーザーには書架から出した資料を必ずそのトラックに戻させるようにし、閲覧担当セクションあたりが書架に並べるようにすれば、資料があるべきポジションから離れる時間を短縮できるでしょう。
なぜそれが出来ないかと言うと、これも書かれておいでのように、単純に人手の問題だと思います。「手に取っただけ」の資料が1日にいくつ発生するかを計測するのは難しいですが、自分自身の利用行動から考えると、少なく見積もっても入館者数や貸出数の10倍程度はあるんじゃないでしょうか。ちょいとググッたら岐阜県立図書館の2006年度の統計が出てきたので、これをサンプルにしてみます。

平成18年度利用統計(平成18年4月〜19年3月分)

項目 平成18年度 1日平均 備考
開館日数 287日 - -
入館者数 761,022人 2,652人 -
個人貸出人数 228,306人 795人 資料を借りられた人数
個人貸出冊数 994,678冊 3,466冊 -
個人1人当貸出冊数 4.4冊 - -

http://www.library.pref.gifu.jp/gaiyo/toukei.htm
※rajendra註:一部省略

上記から思い切り概算ですが、仮に1日当たり3万点の資料が手に取られたとして、岐阜県立の開館時間は平日10時間ですから、1時間当たり3000点の資料を配架しなくてはなりません。つまり1分当たり資料50点です。ではスタッフはどれくらいのペースで資料を配架できるのか?館の規模やフロアの数にもよりますが、せいぜい1分に2〜3点がいいところでしょう。背ラベルからポジションをサーチするのは、慣れていても結構難しいものです。ということは、上の例で行くと常時20人程度の配架専門スタッフを雇用しなくてはいけないということですか。・・・ええと、どこにそんな予算があるの?
まあカウンターから返却資料を配架するのとは違い、書架の脇から書架に戻すだけならもっと高速化できるでしょうし、開館時間内に戻しきれなかった分は閉館後や翌日の開館前にまとめて配架すればいいんですから、半分の10人程度でも間に合いますかね。人員はお得意の外注or日々雇用で安上がりに済ませたとして、何千万かは余計に出ていくことになりますな。なお岐阜県立は現時点で日々雇用を5人抱えています。これで人件費がわかれば意味のある数字が弾き出せたかもしれませんが、そこまでの数字は見当たらず。最初から厳密な計算は放棄してるんで、こんなもので勘弁して下さい。とにかく、多くの館はユーザー自身に資料を戻させることでコストを抑えていると言えなくもないわけです。そうでない館のユーザーから見れば。
無限に予算が与えられるわけではないのだから、リソースをどう使うかはその館の勝手ではあります。ユーザー自身に資料を戻させている館は、配架のコストをユーザーに転嫁することで、浮いた分を資料の購入なり専門職の人件費なりに充当することができる、という考え方もあるでしょう。一方で、コレクションの管理という観点から、配架は素人に任せるのではなく責任を持って図書館スタッフが行うべき、という考え方も、もちろん筋は通っています。結局はその館の収集方針や資料構成、あるいは主たるユーザーの層に左右される、というありきたりな結論になるのでしょうか。