残業と過労死の基準

昨日付けの朝日新聞に、マクドナルドの店長の過労死についての記事が掲載されていた。

日本マクドナルド横浜市内の店舗の女性店長(当時41)が昨年10月、勤務中にくも膜下出血で倒れ、死亡したのは過重労働が原因だとして、遺族らが5日、横浜南労働基準監督署に労災の申請をした。同社は「名ばかり店長」の長時間労働が指摘されてきたが、支援する労働組合・連合では「過労死が明らかになるのは初めて」という。

 連合などによると、女性店長は昨年10月16日夕、別の店舗で行われた新製品に関する講習中に突然、倒れた。救急車で病院に運ばれたが、3日後に亡くなった。亡くなる前の半年間の残業時間は、出勤に使っていた車の駐車記録などから推定すると、過労死ラインとされる1カ月80時間を超える月が3カ月あった。最長の7月には約120時間に及んでいたとみられる。

 女性は、昨年1月に店長に昇進。店長を含め正社員2人の体制で、月商1千万円を超える店の運営を任されていた。夏季は特に、近くである大規模イベントに向けたアルバイトの確保などに奔走していたという。

 だが、会社の勤務記録では、倒れた当日も「公休」と記録されるなど、ずさんな労働時間管理がされていた。女性の手帳には「上司から残業を35時間以内にするよう厳命」などと記されており、正確な残業時間を申請できない状況があったようだ。

 日本マクドナルドは「労災申請の事実を把握しておらず、コメントは差し控えたい」としている。
(asahi.com(朝日新聞社):マック店長が勤務中に死亡 遺族ら「過労死」と労災申請 - 社会)

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自分はブックマークコメントで「医学的根拠があって定められた基準」と書いたのだが、それについて厚生労働省のサイトで資料を見つけたので紹介しておく。
2004年4月28日に開催された、第一回「過重労働・メンタルヘルス対策の在り方に関する検討会(座長:和田攻)」の議事録(http://www.mhlw.go.jp/shingi/2004/04/txt/s0428-4.txt)からの抜粋。

○中嶋委員  今回の検討会議と直接関係するとは思いませんが、主任中央衛生専門官からお話のあった、平成13年の脳血管疾患及び虚血性心疾患等の認定基準の改定で、労働時間が月当たり45時間の法定労働時間内ならば、いわゆる過労死との関係は問題ないと。発症前1か月間の100時間を超える、発症前2か月ないし6か月間にわたって1か月当たり80時間を超えると、この労働時間が出てきたお蔭で、認定もしやすくなりましたし、医学的知見と融合してこういうことをなさったと思います。差し支えなければ、この労働時間数は、いつどういうメドで導かれたものかをお伺いしたいのです。

○和田座長  その件につきましては私が関係しましたのでご説明させていただきます。1つは、すべて医学的な文献に基づいたということです。長期間の労働に関していちばん問題になるのは、やはり労働時間による疲労の蓄積です。逆に言いますと、ただ労働時間だけでは把握できないような、基本には睡眠時間がいちばん関係するだろうということです。 いろいろな文献、疫学調査があり、6時間以上睡眠をとっている場合には、虚血性心疾患とか脳血管障害のリスクは、有意な増加は示しておりません。主な文献、きちんとした疫学調査が大体6つか7つあったのですが、それによると脳・心臓血管障害が増えるのは大体6時間未満の睡眠です。最近2つほど新しい論文が出ており、睡眠5時間未満の場合に、そういった血管障害が増加するという。それが共通した事項になるということで、結論とされており、それを採用したわけです。1日の普通の労働者の生活時間から割り出して、1日に睡眠時間が5時間ということは、結局、1日に5時間の時間外労働ができると計算されたわけです。それが基本になり、そして1日の時間外労働に対して、大体20を掛けると月の時間外労働時間が出てくるわけです。したがいまして、5×20=100が基本になったわけです。疫学調査では月100時間以上の時間外労働がリスクになるということです。睡眠時間5時間が100時間に相当します。それを下回ると、すなわち時間外労働が上回ると睡眠時間が低くなるわけですが、そうすると、心筋梗塞が増えることが医学的に証明されたと考えたわけです。80時間というのは、睡眠時間が6時間、そして残業が1日の4時間に相当するわけです。そうすると4時間×20=80時間という一応の線を出したわけです。実際は、文献的にはそれ以下の場合で、有意の増加を示したという報告は全くありませんでした。一般に、1日の睡眠時間が7〜8時間が普通であろう。7時間から8時間の睡眠が最も健康的であるとされているわけです。それは1日の時間外労働は2時間、 ないしは2.5時間に相当します。それに20を掛けると大体45時間になり、人間としていちばん健康的な生活が営まれる。その時間においては、過労死は全く発生していなかったということです。それで45、80、100という数字が出てきたわけです。

睡眠時間を根拠にして基準を設定した、ということで非常に明快だ。
ついでに少し私見を述べておく。ホワイトカラー・エグゼンプションについての記事を書いたときにも思ったのだが、一般に労働時間とか残業の問題をトピックにすると、主たる論点がサービス残業とか賃金の不払いの方に流れていく傾向があるように思う。もちろん賃金の問題は労働者にとって重要だし、厚生労働省の見解としても、使用者側による労働時間の管理は労基法の割増賃金支払い規定を根拠とするということだったと記憶している。それはいいのだが、賃金の問題だけを議論の俎上に載せていては、「カネさえ払えばいくら働かせてもいいじゃないか」という理屈になってしまうわけで、自分はそこを危惧している。むしろ、そこにこそ国家が介入する余地があると思っていて、つまり使用者側に労働者の労働時間を把握させることは、賃金支払いの適正化という問題だけではなく、労働者の健康確保や安全配慮義務に照らせば、当然に使用者が気にかけるべき問題のはずである。
長時間労働が恒常化した場合に心身の健康が損なわれることは医学的に明らかなのであるから、国民を守ることが国家の根本義務である以上、労働時間の管理は賃金支払いとともに安全衛生上からも必要である。残業代の割増率は何%にすべきかというような論点ばかりに注目していては、労働時間法制の歪みは放置されたままであろう。