ホワイトカラー・エグゼンプションを取り巻く議論の迷走

昨日16日の朝の時点で一部ニュースになっていましたが、どうやらホワイトカラー・エグゼンプション関連法案については国会提出を見送ったようです。ウェブ上の議論を見る限りは、どうにも感情的な反発が大きくて議論が迷走気味だったという印象ですが、朝日新聞等が「残業代ゼロ法案」とネーミングした時点で、論点がズレていくことは必然だったのかもしれません。
12日のエントリと重複しますが、要は、労働時間規制のない国(アメリカ)の制度であるホワ・エグを、労働時間規制のある国(日本)に導入するのにどのように制度を構築すべきか、ということだったと思うんですけどね。おさらいになりますが、アメリカに労働時間規制がないとは以下のようなことです。

米国では、公正労働基準法(Fair Labor Standards Act, FLSA)により週40時間を超える労働に対して、通常賃金の1.5倍以上の割増賃金支払い義務が定められている。ただし、これは週40時間を超える労働そのものを規制するものではない。すなわち公正労働基準法では法定労働時間を週40時間に規定し、それを超えた場合には割増賃金の支払い義務が発生するという、間接的な労働時間規制制度となっている。その意味で、厳密に言えば労働時間にかかる規制は、連邦レベルでは存在しない。
http://www.jil.go.jp/foreign/labor_system/2004_5/america_01.htm

つまり、アメリカでは直接に労働時間を規制しない代わりに、週40時間を超える労働を割増賃金の対象とすることで歯止めをかけているわけです。そして、一部のホワイトカラーをこの割増賃金規定の対象から除外するのが、ホワイトカラー・エグゼンプションという制度なのです。
翻って日本では、週40時間という労働時間の規制があるわけですが、なぜ労働時間を規制するかというと、これは労働者の健康を確保するためです。過重労働によりサラリーマンの健康を害したり、過労死・過労自殺の発生を防ぐために労働時間に枠を嵌めるのであって、これは労基法・安衛法など近年の労働法政策の大きな流れです。現行の労災認定基準として、直前1ヶ月間に100時間もしくは直前6ヶ月間に月平均80時間の時間外労働が行われた場合は、業務と発症の関連が強いということになっています。また月100時間以上の時間外労働が発生した場合、医師の面接診断に基づいて休養・療養を与える義務が経営者にはあります。
ホワ・エグ導入によって経営者は時間外手当の支払いからは逃れられますが、過労死やメンタルヘルスといった過重労働による健康被害が発生した場合、その責任からは逃れられません。サラリーマンの健康被害は、残業代が払われたかどうかではなく過重労働によって生じるのだから、ホワ・エグ適用の如何に関わらず、使用者の労働者に対する安全配慮義務が消失することはないのです。ホワ・エグ導入に関わる議論はまさにここが焦点であり、新聞等の「残業代ゼロ法案」というネーミングは誤りではないのですが、論点を残業代のほうにミスリードしてしまったことはメディアの失当であると僕は思います。重要なのは残業代よりも健康確保でしょうに。
ホワ・エグの目的がコストの削減と業務の効率化にあるならば、企業はそれを通じて経営を改善でき、厚生の向上につながるので、一般消費者としては文句のつけようがありません。したがって文句を付けるならば、「ホワ・エグよりもその目的にかなう制度がある」と指摘するか、「ホワ・エグを導入するとこれこれの問題が発生すると考えられるので、何らかの措置を講じるべきだ」と批判するのが道理でしょう。「サービス残業が横行しているからホワ・エグ導入によって状況が悪化する」という声が多くありましたが、そもそもサービス残業はホワ・エグに関係なく現在でも違法状態なんですから、それこそホワ・エグ導入とのバーターで労働者保護を求めたっていいでしょう。現状に不満があるならば、制度の変化を好機として状況を改善するべく動いたほうが得だったのではないですか?
奥谷発言をバッシングして溜飲を下げても、それで我々の労働環境が良くなるわけでなし。ノイズばかりが大きくなって、前向きに制度設計を行おうとする向きがあまり見られなかったことが、いささか残念です。
(追記)

17日に東京都内であった社会経済生産性本部の労使セミナーで、北城氏は「ホワイトカラーの仕事は時間ではなく成果ではかるべきだ。残業代がゼロになると言われているが、高度専門職年俸制といったほうがわかりやすい」と発言。議論を深め、将来的には導入する必要があるとした。
http://www.asahi.com/business/update/0117/149.html

という朝日新聞の記事について、hamachan先生がエントリを起こしておいでです。

要するに、ポイントは、この制度は賃金の支払い方の規制緩和なのであって、労働時間規制の緩和などではないのだということをはっきりさせることだったのです。
残業代ゼロと扇情的に報じていたマスコミ人のどれだけ多くが、現行の労働基準法では、年俸制といえども(管理監督者でない限り)実は時間給に過ぎないということを理解しているのでしょうか。
名前が悪かった: hamachanブログ(EU労働法政策雑記帳)

この見方には、大いに賛成するところです。賃金の支払い方については、労使間で妥当な落としどころに着地できそうな気がしていましたけどね。企業内の実務者である労務屋さんのエントリはこちら