警察に利用された知的障害者

鹿児島県議選に絡む公職選挙法違反が問われた事件、いわゆる「踏み字事件」については先頃鹿児島地裁で全員無罪の判決が出たところですが、その立件過程で、どうやら知的障害者の自白が証拠として使われたらしいです。

元県議の中山信一被告(61)が、投票依頼のために4回開いたとされる買収会合について、「会合があった」と最初に供述したのは、懐智津子被告(53)だ。選挙に絡んで焼酎2本と現金1万円を受け取った疑いで取り調べられていた03年4月30日の正午近くに、志布志署で供述を始めた。9人の出席者の名前を挙げ、「帰り際に1万円の封筒をもらった」。
同じ日の午後、焼酎と現金を配った疑いで逮捕、取り調べを受けていた藤元いち子被告(53)も、懐被告同様に買収会合の存在を認め、「1万円をやった」と話した。2人の供述で、買収会合の捜査が始まった。
しかし、弁護士らはこの2人について、「知的に遅滞があり、誘導されやすい」と指摘、「ねらい打ちをして、自供を引き出した」と話す。
2人は、自分の名前以外の漢字はほとんど書くことができず、裁判がどう進んでいるのかも「まったくわからない」と口をそろえる。
藤元被告が志布志署に留置されている時、弁護士に取り調べの状況などを書くよう言われて、03年4月29日から記したB5大のノートがある。表紙には「志布志町四浦 藤元いち子」の文字と落書き。内容はほぼすべて平仮名で句読点は一つもない。
買収会合を自白した日である4月30日のページには「あなたわけいじさんに何んかいもうそおゆうから何んかいもたいほする(中略)あなたわうそおいっているほんとうのことおいわない」と書かれている。
そして最後のページには、「五月27日 けいじさんにまいにちをこられています やってないといつてもとてもきかないです」。
懸命にその日に起こったことを記しているが、複雑なやりとりは難しい。法廷で2人が証言台に立った時には、弁護士や検察官の質問に的確に返答できないことも多かった。
03年12月26日の第13回公判。弁護士に小中学校時代の成績をたずねられた懐被告は「最後やったと思います」と答えた。ところが、弁護士が「1から5段階評価とかありますよね」と聞くと、「はい。5です」と答え、最後には「覚えていません」と話した。
2人は朝日新聞の取材に対し、「刑事が認めろとうるさく言うから、認めた」と話す。
http://mytown.asahi.com/kagoshima/news.php?k_id=47000260702200010

これはちょっと驚くべきことです。確か死刑再審無罪事件のどれかでも、被告人が知的障害者で、取調べに迎合して虚偽の自白を行った事例があったかと思いますが、一般に知的障害者は健常者に比べて取調官に誘導されやすいわけです。当然ながら虚偽の自白は冤罪を生む温床になりますから、こういった場合は容疑者の自白が信用に足るものか調べなくてはならない。
今回の「踏み字」事件では、捜査員ですら「IQテストをすべきではないか」と思っていたにもかかわらず、別件で捜査手法に疑問を呈した捜査員が外されるということがあったために、それが言い出せないでいたわけです。この事件の絵図を誰が描いたかは分かりませんが、こういった杜撰な取調べが行われている限り、取調べの可視化は避けられないでしょう。また取り調べに際しては、知的障害者とのコミュニケーションを支援する付き添い人の立会いも検討するべきかと思います。
これから裁判員制度が導入されますが、そこでは自白が信用に足る証拠かどうか法廷で精査することは難しくなるでしょう。となると警察の取調べが杜撰なものであれば、相変わらず冤罪を生む可能性があるわけです。警察および検察は、この事件が司法への信頼を大きく揺るがしたことを強く認識すべきでしょうね。