終末期医療における家族と医師の関係

ちょっと前のニュースですが、以下のような事件がありました。

殺人容疑 医師を書類送検
和歌山県立医科大付属病院紀北(きほく)分院(和歌山県かつらぎ町)で、延命措置を中止する目的で80歳代の女性患者の人工呼吸器を外して死亡させたとして、県警が、50歳代の男性医師を殺人容疑で和歌山地検書類送検していたことが22日、わかった。
終末期医療を巡っては国や医学界の明確なルールがなく、患者7人が死亡した富山県射水(いみず)市民病院のケースでは結論が出せないまま1年以上捜査が続いている。和歌山の事例は、判断が揺れる医療と捜査の現場に新たな一石を投じそうだ。
昨年 2月脳内出血、家族依頼
調べによると、男性医師は脳神経外科が専門で、県立医大助教授だった2006年2月27日、脳内出血で同分院に運ばれてきた女性患者の緊急手術をした。しかし、患者は術後の経過が悪く、脳死状態になっていたため、家族が「かわいそうなので呼吸器を外してほしい」と依頼。医師は2度にわたって断ったが、懇願されたため受け入れて人工呼吸器を外し、同28日に死亡したという。
医師は3月1日に紀北分院に報告。分院では射水市民病院での問題が発覚した直後の同年3月末、和歌山県警妙寺署に届け出た。捜査段階の鑑定では、呼吸器を外さなくても女性患者は2〜3時間で死亡したとみられるが、県警は外したことで死期を早めたと判断、今年1月に書類送検した。
飯塚忠史・紀北分院副分院長は「呼吸器の取り外しについては医師個人の判断だった。医療現場の難しい問題なので、司法の判断を仰ぎたいと考えて県警へ届け出た」と話している。家族は被害届を出しておらず、「医師に感謝している」と話しているという。
http://www.yomiuri.co.jp/iryou/news/iryou_news/20070522ik0e.htm

書類送検」と聞くといかにも罪を犯したかのような印象がありますが、警察は原則として捜査を行ったら検察に書類や証拠物を送ることになっていますから、この事件についてもその原則に従っただけでしょう。別報道によれば、警察は送検にあたって「不起訴相当」という意見書を付けたそうですから、この事件に限って言えば医師は起訴すらされないと思います。で、僕が引っ掛かったのは記事中の以下の一文。

家族は被害届を出しておらず、「医師に感謝している」と話しているという。

そんなバカな。医師が呼吸器を取り外したのは家族の要請に従ったためであり、発意は家族のほうにあったわけですよね。被害者どころか、殺人教唆でしょ?理屈としては、ヤクザの親分が手下に「○○を殺ってこい」って命令するのと同じ構図ですから。終末期医療においてはこの事件と似たようなことが日常的に行われているものと思いますが、上記報道のように患者の家族を「被害者」の側に据えて事件を眺めるというのは、視点としてちょっとズレているように思います。倫理的な面を別にしても、家族の発意によって患者の死期が左右されるとしたら、例えば保険金の額とか年金とか相続などの点でいろいろ変わってくるケースだってあり得るわけで。
「延命措置をしないでほしい」というのは患者家族が自然に抱く感情だと思います。けれどその申し出は、言ってみれば担当医に殺人を強制するに等しい行為でもあります。本件のようなケースで患者家族を加害者として扱わないあたりに、世間が終末期医療をどのように捉えているのか、その一端が表れた様に思いました。