けんか祭りと自己責任

毎年10月下旬のこの時期、佐賀県伊万里市では「トンテントン」という祭りが開かれる。日本三大喧嘩祭りの一つにも数えられ、神輿とだんじりが激しくぶつかり合うことで知られている。なお、「日本三大喧嘩祭り」で検索すると5つ6つの祭りの名が引っ掛かってくるが、こういったものは厳密にこの三つと定められるものでもないのでそこは突っ込まない。
そのトンテントン祭りの特徴である「合戦」(神輿とだんじりのぶつかり合い)が、今年は行われていない。昨年の祭りで事故が発生したためだ。

佐賀県伊万里市のけんか祭り「トンテントン」の昨年10月の合戦で脊髄(せきずい)損傷の大けがを負い、下半身まひになった同市内の男性(22)が、祭りを主催する「トンテントン祭奉賛会」(渋田正則会長)と、渋田会長ら当時の役員5人を相手取り、5000万円の損害賠償を求めて29日にも佐賀地裁に提訴する。
トンテントンの合戦は大正時代に始まったとされ、重さ600キロ近い「荒神輿(あらみこし)」と「団車(だんじり)」をぶつけ合う勇壮な合戦がメーン行事で、毎年負傷者が続出している。昨年は地元の男子高校生(当時17歳)が横転した団車の下敷きになって死亡する事故も起きた。
訴状などによると、男性は昨年10月22日、担いでいた団車の下敷きになった。男性側は「主催者側は死傷者が出ることを予測できたのに、十分な事前研修などの安全対策を取らなかった」などと主張している。
渋田会長は「事故は参加者の自己責任と考えている」と争う姿勢を示している。
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20071027i204.htm

この記事を読んで、自分は以下のようにコメントをつけた。

rajendra 事件 参加者が危険を承知していたとしても、主催者側は保険をかけるなど対応策を講じておいた方が良かっただろう。また、地方だと危険な祭に身を投じることをもって「ひとかどの男とみなす」ような風潮が残っているかも。
はてなブックマーク - http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20071027i204.htm

普段ならこれ以上調べることはないが、ふと気になって検索してみた。以下に西日本新聞佐賀新聞の報道を引用する。

訴状によると、男性は団車を担いでいて下敷きになった。飛び入り参加だったため奉賛会加入の保険金も出なかった。
男性側は、祭りでは負傷者が毎年多数出ている上、10年前にも1人が死ぬ事故が起きており、死傷者発生を予測できたと指摘。にもかかわらず、奉賛会は「神輿の軽量化や十分な事前研修など安全対策を取らなかった」として、安全配慮義務を怠り、重大な過失があったと主張。祭りを熟知していない「飛び入り」参加者についても奉賛会は担ぎ手不足を理由に容認しており、「より慎重に安全配慮がなされるべきだった」と訴えている。
これに対し、奉賛会は男性側の事前質問書に「祭りの事故は自己責任。奉賛会に責任はない」と回答している。
http://www.nishinippon.co.jp/nnp/national/20071027/20071027_005.shtml

原告の男性は、団車を担いでいて下敷きになり負傷。奉賛会に参加登録のない飛び入りだったため、同会加入の保険金を受け取ることができなかった。現在、車いす生活で県外の職業訓練校に通っている。
男性側は「現状の危険な合戦はなくなってほしい。奉賛会や市民に安全な祭りの在り方を真剣に考えてもらうため、訴訟に踏み切った」としている。
一方、奉賛会の渋田正則会長は「まだ訴状を受け取っていないが、事故に心を痛めていただけに今回の事態は非常に残念。訴えには誠実に対応したい」と話している。
http://www.saga-s.co.jp/view.php?pageId=1036&blockId=678353&newsMode=article

以上のとおり、主催者側は保険には加入していたものの、この事故に遭った22歳男性は飛び入り参加であったために保険金を受け取れなかった、ということのようだ。ここでちょっと考え込む。例えば遊園地やサーカスで事故が起これば、それは施設管理者や興行主に安全を確保する責任があり、事故の被害者に落ち度はない。しかし、トンテントン祭りは勇猛かつ危険なことで知られている。しかもこの22歳男性は地元在住であり、合戦の危険性は熟知していたものと思われる。その危険な祭りに自ら身を投じていること、しかも飛び入りであることを考えると、自己責任で参加したんじゃないのか、という声は当然挙がるだろう。
僕がコメントで指摘したように、祭りに参加しないことを許さない「空気」が当該地域に満ちていて、半ば追い詰められて参加した、という見方も成り立たないではない。けれども飛び入り参加と聞けば、やはり合戦の勇壮な雰囲気にひかれて自ら危険に近づいたのではという印象は否めない。成人後の今になって下半身麻痺という障害を負ったことには同情するが、それで祭りの主催者の責任を問うのは筋違いではないか、というのが僕の率直な感想である。なお、この22歳男性がきちんと年金に加入しているならば、障害年金が支給されるので、障害基礎年金で99万円(1級)、また障害厚生年金でも相応の額が支給される。未加入であればそれこそ涙目だが。
もう少し続ける。上記報道によると、この22歳男性のほかに高校生も死亡しているとのこと。この件についての報道はさすがに少ないが、2chには当時のニュースを引用したスレのログも一部残っていた。また、個人ブログでは以下の記事も見つかった。

事故は「合戦」の最中に起きた。それぞれ600?ある荒神輿とだんじりをぶつけて倒し合うこの祭り名物の出し物は、一説では百数十年続くという。飛び入りで参加した高校生は、この倒れただんじりの下敷きになって帰らぬ人となったのだが、彼はお神酒を勧められて血液からは高濃度のアルコールも検出された。つまり、ただでさえ危険なところに彼は泥酔した状態で合戦に参加するというある意味「自殺行為」とも言える行動に及んだ訳で、当然、伊万里市内には二重の衝撃が広がった事は言うまでもない。
問題はこれだけではない。この祭りでは今年の期間中に73人が負傷したが、初日の合戦では脊椎損傷の重傷を負う男性まで出た。彼の場合も逃げ切れずにけがをしたという事だが、毎年重傷者が出るこの祭りは9年前にも死者を出している。愛媛の松山秋祭りや大阪の岸和田だんじり祭りなどいわゆる「けんか祭り」と言われる祭りはいろいろあるが、こういう危険度の高い祭りはなかなか万全の安全対策は難しく、今挙げた祭りもトンテントン同様に死者を出した事がある。
トンテントンに限って言えば、祭りの性格上からかけが人が出ると「名誉の負傷」として拍手で救急車を見送る風習があり、これを見た観光客は違和感を覚える者もいるという。その一方で、事故後も合戦存続を容認する市民も多い。「小さい頃から合戦の太鼓が聞こえると胸が躍った」という市民もいるくらいで、中には合戦に出るために里帰りをする若者もいる。これは前出の松山や岸和田でも同様の声が聞かれ、祭りが市民の生活の一部となっている事もまた事実なのである。
http://bouron.blog.ocn.ne.jp/touma/2006/11/post_72cd.html

前段、未成年に酒を勧めることがまずおかしいのだが、そこをお神酒として大目に見るとしても、酔っぱらった高校生が危険な祭りに参加することを止められなかった周囲の大人はどうしていたのか。高校生ともなればある程度の判断力は備えているはずだが、この点についてはさすがに自己責任だけに問題を矮小化する気にはなれない。危険性を承知している大人が止めるべきであった。
そして後段だが、確かに伝統的に危険を伴う祭りというのは全国にあり、それらは危険であることそのものが特徴であり魅力となっている。長い伝統を持つのであれば危険を防ぐ知恵も一緒に伝承されていてよさそうなものだが、事故が絶えないということは本気で危険を取り除く意思はあまりないのであろう。むしろ危険がセールスポイントになって祭りを維持しているとも考えられ、そうであれば、自分のような部外者が「危険な祭りなどやめてしまえ」などと容喙するべきではないと思う。当事者があえて事故を防ぐ措置を取らないと判断したのなら、それはそれで是認されてよい。祭り参加者が発言している掲示板を見つけたが、合戦の再開を求める声はやはり根強いようだ。
【伊万里トンテントン祭り】-掲示板
伝統というものは単に「守る」ものではなく「受け継ぐ」べきものであり、その底流の精神性さえ維持されていれば時代とともに変化はあってよいと僕は考える。が、wikipediaによると「負傷者の救護に備えて市内の救急車が総動員され、合戦場に待機している。負傷者は怪我の程度に関係なく救急車で病院に搬送され、拍手で送られる。もちろん軽傷の担ぎ手は、治療後に合戦に復帰する。」だそうだから、精神性についてもドラスティックな改革は不可能かもしれない。まあ、荒々しさを伴う祭りを今後どのように運営していくかは、それこそ地域住民の自己責任ということになるだろう。